1. 雇用契約書は「ベトナム語以外」でよいか
ベトナムでは、雇用契約は書面で締結し(ベトナム労働法14条1項)、両当事者が自主的に合意する必要があります(同15条1項)。それでは、雇用契約はベトナム語でなければならないのでしょうか。
現行のベトナム労働法およびその施行規則上、一般的な雇用契約について、その使用言語をベトナム語に限定する明文の規定は確認できません。そのため、外国語のみで雇用契約を締結することが法令上一律に禁止されているわけではありません(もっとも、旧労働法制下では、外国人が当事者となる雇用契約についてベトナム語による作成を求める規定が置かれていた時期があります)。
しかし、実務上はベトナム語版の雇用契約書を用意することが必須です。
もしベトナム語版の雇用契約書を用意せずに日本語版の雇用契約書のみを労働者と締結した場合、後日労務紛争が起きた際に、労働者(主にベトナム人を想定します。)がその内容を実質的に理解していたかが争点となります。労働者が日本語を読めないまたは日本語が母語ではない状況で締結され、労働者が契約内容を十分に理解していなかった場合には、契約内容について労働者が自主的に合意していなかったとして、裁判所が無効と判断するリスクがあります。仮に日本語版とベトナム語版の両言語併記の雇用契約書を作成し、両言語の間に矛盾・不一致がある場合は日本語版を優先する旨の条項を置いたとしても、労働者が日本語を理解できない場合には、日本語版の雇用契約書の有効性が問題となる可能性があります。
以上は労務紛争を念頭に置いておりましたが、労務紛争がない場合でも、ベトナム語版が実質的に必須となる場面が多々あります。
場面 | ベトナム語版が重要となる理由 |
|---|---|
税務・社会保険の当局監査 | 給与計算・社会保険料の算定根拠として当局に提出 |
外国人労働許可証(ワークパーミット)の申請 | 雇用契約書を含む関連書類をベトナム語で当局に提出 |
労働紛争・訴訟 | 裁判手続きはベトナム語で行われ、外国語のみの契約書は翻訳を経なければ証拠として扱えない |
ベトナム語以外の外国語の雇用契約書のみを締結して、必要になるたびにベトナム語版の雇用契約書を作成するという方法も考えられますが、多くの日系企業では、初めからベトナム語版を用意するか、英越併記・日越併記(場合によっては日英越の3言語併記)の雇用契約書を作成・締結しています。労働者による契約内容の理解、当局への提出、労働紛争時の証拠利用等を考慮すると、労働者との雇用契約については、実務上、ベトナム語版を作成しておくことが強く推奨されます。
2. 試用期間を設けるメリット
日本では試用期間中であったとしても事実上雇用契約が成立しているとの考えの元、試用期間における解雇も試用期間後の雇用契約中の解雇とほぼ同様で、使用者にとっては厳しく解雇が制限されています。
他方で、ベトナムでは、試用契約は試用期間後の雇用契約とは別個のものとして扱われており、試用契約書と雇用契約書を分けて締結することも多くみられます。最も大きな効果として、使用者は、試用期間中いつでも事前の通告なく、損害賠償の必要もなく、試用契約を終了することができます。つまり、試用契約中に使用者が本採用をしたくないと思った労働者との試用契約を終了することで両者間の関係を終わらせることができ、雇用契約を締結する必要がないという点が、使用者に有利な点です。そのため、多くの日系企業では、新しく雇用しようとする労働者との間で、まず試用契約を締結してその後の雇用契約を締結するかどうかを見極めるということが行われています。
また、試用期間中の労働者の賃金は、同一内容の業務に関する雇用契約における賃金の85%以上でなければならないとされていることから(ベトナム労働法26条)、試用期間中の賃金が雇用契約の賃金の85%として設定されることも多く、労働者も比較的これを受け入れる傾向にあるため、使用者にとっては試用契約を設けることで最初の賃金コストを抑えることが可能となります。
日本とベトナムの試用期間の違い
項目 | 日本 | ベトナム |
|---|---|---|
法的解釈 | 試用期間中でも事実上雇用契約が成立していると考えられる | 試用契約は雇用契約とは別個のもの(試用契約書を分けて締結する例も多い) |
使用者からの試用契約の終了 | 本採用後とほぼ同様に厳しく制限される | 試用期間中はいつでも、事前の通告なく、損害賠償の必要もなく終了できる |
賃金 | 本採用時と同水準が一般的 | 同一業務の雇用契約における賃金の85%以上(ベトナム労働法26条) |
ただし、ベトナムにおいては、試用期間の長さは職務のレベルに応じて法定の上限があります(ベトナム労働法25条)。例えば企業の管理職業務を行う労働者の試用期間は180日以内、短期大学以上の専門・技術水準を必要とする業務を行う労働者の試用期間は60日以内、中級の専門・技術水準を必要とする業務等を行う労働者の試用期間は30日以内、それ以外の業務を行う労働者の試用期間は6営業日以内とされており、無期限に試用期間を設けることはできない点に留意が必要です。
職務 | 試用期間の上限 |
|---|---|
企業の管理職 | 180日 |
短期大学以上の専門・技術水準を要する職務 | 60日 |
中級の専門・技術水準等を要する職務 | 30日 |
その他 | 6営業日 |
以上のように、ベトナムにおいては試用契約を設け、試用期間中に本採用の可否を十分に見極めることが、重要です。
3. 有期雇用契約と無期雇用契約 ― 更新回数の制限
日本でもベトナムでも有期雇用契約と無期雇用契約がありますが、日本では、有期雇用契約については、通算契約期間が5年を超えると、労働者が無期雇用契約への転換を選択できる場合があります。これに対し、ベトナムでは有期雇用契約を選択した場合、36カ月が1回の有期雇用契約における最長の期間となります。有期雇用契約は原則として1回のみ新しい有期雇用契約を締結することが可能で(1回目の更新)、2回目の更新で通算3通目の雇用契約を締結する場合は、その雇用契約は無期雇用契約とみなされます(ベトナム労働法20条1項、同条2項c)。
有期雇用契約① 1回の契約期間は最長36カ月 |
↓ 期間満了・更新
有期雇用契約② 更新は原則1回のみ可能 |
↓ さらに契約を締結(通算3通目)
原則として無期雇用契約とみなされる (ベトナム労働法20条1項、同条2項c) |
1回目の有期雇用契約の期間満了後も使用者が労働者と雇用契約を締結する場合、有期雇用契約の期間満了日から30日以内に、両者が新しい雇用契約を締結する必要があります。もし、その期間満了日から30日が経過した場合、1回目に締結した有期雇用契約が無期雇用契約になることに留意が必要です(ベトナム労働法20条2項a, b)。
「更新の手続きを放置したり、更新回数を気にしていなかったりしたらいつの間にか無期雇用契約になっていた」という事態を避けるため、有期雇用契約の回数、期間の管理は確実に行う必要があります。
4. 職務内容・勤務地の記載と配置転換の壁
日本では伝統的に、「総合職」を中心として、雇用契約を変更することなく、必ずしも労働者の同意がなくても使用者が職務内容・勤務場所等を変更できる場合があります。
他方、ベトナムでは、雇用契約中に職務内容と勤務場所を明記することが求められ(ベトナム労働法21条)、基本的に、労働者の同意なく使用者がこれらを変更することはできません。例えば、ホーチミン市で営業職に従事する労働者に対して、ハノイで工場の品質管理に従事するよう使用者が命じたとしても、労働者が拒否した場合には基本的に恒久的な異動をすることは許されず、新しい雇用契約書を締結しなおす必要があります。
特に、ベトナム法人の労働者が問題社員化した場合に、日系企業の担当者が、当該労働者を配置転換したいと考えて実際に当該労働者の同意なく異動をしているケースもありますが、一定の条件下での一時的な異動などは除き、恒久的な異動は違法となる点に留意が必要です。
以上の状況に対応するために、雇用契約書の職務内容や勤務場所に、可能性のある職務内容や勤務場所を多数記載したり、ベトナム全国のうち使用者が指定する場所などと勤務場所を曖昧にしたりするようなことも考えられます。しかし、そのような対応では、当局から職務内容や勤務場所の特定がされていないとして罰金や罰則の対象になる可能性が高いです。
日本では、問題社員への対応として配置転換を試み、それでも改善しなければ解雇を行うという手続きが一般的ですが、ベトナムでは労働者の同意のない恒久的な配置転換自体が違法となるため、とりあえず配置転換で別部署に異動させるという対応は取れないことをよく理解しておく必要があります。
5. 解雇 ― 労働法に記載された解雇事由のみ認められるベトナム
最後に、必ずしも雇用契約書に記載される事項ではありませんが、ベトナムでよく問題になる解雇を取り上げます。なお、ここでいう解雇は、労働者の同意なく使用者が雇用契約を終了することを指します。
日本では、判例・裁判例の蓄積や日本国労働契約法により、解雇には客観的に合理的な理由と社会通念上の相当性が必要というルールが確立し、個別事情の評価方法もある程度示されています。これに対しベトナムでは、ベトナム労働法に列挙された解雇事由・手続きに該当する場合にのみ解雇が認められるという点が重要です。
5.1 いわゆる普通解雇
ベトナムにおいて使用者が解雇を検討する場合、まずはベトナム労働法36条が定める解雇事由を確認します。同条の解雇事由として、
労働者が業務を継続的に遂行できない
傷病により一定期間労働能力が回復しない
天災等による事業縮小が避けられない
別段の合意なく定年退職年齢に達した
一定の条件下での無断欠勤、採用時の経歴詐称
などが限定的に列挙されており、これらのいずれかに該当しない限り使用者が労働者を解雇することはできません。能力不足を理由とする解雇も同条に記載されていますが、評価基準を法定の手続きに沿って明確に定めた上でこれに当てはめる必要があり、日本と同様、能力不足解雇は相当困難です。
5.2 整理解雇 ― 特定労働者の狙い撃ちには使えない
整理解雇の制度もありますが(ベトナム労働法42条等)、これは部署ごとの廃止や会社清算・事業縮小といった場面での利用が想定されており、特定の労働者だけを対象に整理解雇の形式を借りて退職させる運用は認められていません。もし特定の労働者1名~数名だけを狙い撃ちにして整理解雇をすると、労務紛争になって裁判所に提訴された場合、使用者が敗訴する可能性が極めて高くなります。特定労働者の狙い撃ち解雇とされる要素は、部署のうちの一部の労働者のみを対象としている、ある部署にいる全ての労働者を整理解雇で解雇した後すぐに同部署の労働者を採用するといったことが例として挙げられます。
整理解雇を実施するためには、労働組合との協議や当局への事前通知などの手続き要件があり、一定期間を要するため、直ちに解雇することができるわけではないことも整理解雇を行うにあたって重要な点です。
5.3 懲戒解雇を含む懲戒処分の特殊性
懲戒処分としての解雇も、ベトナム労働法に規定された事由に該当し、適法に手続きを行った場合にのみ認められます。例えば、職場における窃盗・横領・賭博・傷害・薬物使用などの犯罪、営業秘密の漏洩を含む使用者に重大な損害を与える行為、就業規則に規定された職場でのセクシャルハラスメントなどを労働者が行った場合に、懲戒解雇が認められています(ベトナム労働法125条等)。
手続き面でよく問題になるのは以下の点です。
時効:懲戒処分には時効があり、基本的には違反行為発生の日から6カ月間または12カ月間が経過すると懲戒処分を行うことができなくなります(ベトナム労働法123条1項)。
法定手続き:懲戒処分は労働法及び関連政令に定められた法定の手続きに沿って適法に行われる必要があります。
当局の判断:窃盗の事実が判明したとしても直ちに懲戒解雇に進めるわけではない場合があります。例えば、犯罪性のある行為、使用者に重大な損害を与える行為、セクシャルハラスメントに該当する行為などについては、捜査権限を有する当局による結論等を待っている間に懲戒処分をすることができません(ベトナム労働法122条4項c)等)。
懲戒処分の種類は、けん責、6カ月以内の昇給停止、降格、懲戒解雇の4種類に限定されています(ベトナム労働法124条)。日本ではよくみられる、減給処分は懲戒として認められていない(労働法127条2項)点には留意が必要です。
懲戒解雇とは異なり、どのような行為がけん責・6カ月以内の昇給停止・降格に該当するかはベトナム労働法に記載されていないため、就業規則や雇用契約に予め詳細に定めておく必要があります(ベトナム労働法127条3項)。多くの日系企業では、就業規則において、けん責に該当する行為、6カ月以内の昇給停止に該当する行為、降格に該当する行為を列記した上で、所管当局に就業規則を登録しています。ベトナム労働法上、登録義務があるのは労働者10人以上の場合ですが(ベトナム労働法119条1項)、「就業規則が当局に登録されていないため懲戒処分が無効である」と労働者に争われるリスクを少しでも減らすため、実務上は人数にかかわらず登録する例が多く見られます。
以上、労働者の同意なく使用者が雇用契約を終了するというベトナムの解雇について説明しました。解雇については、後々不満に思った労働者が当該解雇の有効性を争って裁判所へ訴訟提起をしたり、労働当局へ通報したりする可能性が高くなるため、特に慎重に進める必要があります。
6. 「LegalOn」でベトナム語雇用契約書の翻訳やリスクチェックを効率化
ベトナム語版の雇用契約書を用意する際は、翻訳の正確性に加え、日本法とは異なる法定事項が反映されているかの確認が課題になります。「LegalOn」の「ユニバーサルアシスト」は契約書を多言語に翻訳し、原文と訳文を対照しながら確認できます。また、AIレビューのプレイブック機能を使えば、試用期間や有期契約に関する条項など自社の審査基準を登録し、ベトナム語ほか他言語契約書であってもレビュー時の見落としの防止に役立てられます。
7. まとめ
以上のとおり、ベトナムの雇用契約には日本の労務実務がそのまま通用しない点が多くあります。日本の雇用契約書・就業規則等をそのまま翻訳して利用するのではなく、ベトナム法を踏まえて、ベトナム法人用の雇用契約書・就業規則等を準備することが重要です。また、ベトナムではベトナム労働法規制を含む法改正が頻繁に行われているため、最新の法規制に即した対応が必要です。
(本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言に代わるものではありません。具体的な対応にあたっては、ベトナム法弁護士・専門家にご確認ください。)
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