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【弁護士が解説】タイのNDA(秘密保持契約)に関する実務的対応|日本法との違いを踏まえた契約審査のポイント

【弁護士が解説】タイのNDA(秘密保持契約)に関する実務的対応|日本法との違いを踏まえた契約審査のポイント
この記事を読んでわかること
    • タイの営業秘密法と日本の不正競争防止法における「営業秘密」の共通点と相違点

    • 差止条項・違約金条項をタイ向けNDAでどのように考えるべきか

    • 日タイ間のNDAで日本の裁判所を指定するだけでは不十分となり得る理由

    • 署名権限、社判、電子署名、反社会的勢力排除条項など、締結実務で見落としやすいポイント

    • 秘密情報に個人データが含まれる場合に必要となるPDPA(タイ個人情報保護法)対応

タイ(Thai)企業との取引開始時、M&A・業務提携の検討、技術情報の開示などに際して、NDA(Non-Disclosure Agreement/秘密保持契約)を締結することは一般的です。日本企業が自社のひな形をそのままタイ企業に提示するケースも多く見られますが、タイ法では営業秘密の保護、違約金、紛争解決、契約締結権限などについて、日本と異なる実務上の留意点があります。特に、NDA違反が起きた後に「どの国で、どのような救済を求められるか」を意識して条項を設計しなければ、契約書があっても十分な実効性を確保できないことがあります。この記事では、タイ法上のNDAの基本的な考え方を、日本法との比較を中心に解説します。


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千葉 広康
執筆

千葉 広康

One Asia Lawyers (Thailand) Co., Ltd.所属/日本法弁護士

2014年弁護士登録。一般民事系法律事務所、日系大手メーカー法務部門を経て、2023年に One Asia Lawyers (Thailand) Co., Ltd.に入所。タイ法を踏まえ、M&A、コンプライアンス、契約・社内規程の作成・レビュー等を扱う。

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目次

1. タイでも「NDA」と「営業秘密法上の保護」は分けて考える

1.1 NDAで保護できる情報は、法定の「営業秘密」より広い

タイでは、Trade Secrets Act B.E. 2545(2002年営業秘密法。2015年改正)により営業秘密が保護されています。同法上の「Trade Secrets」は、

  1. 一般に知られておらずまたは通常その情報に接する者が容易にアクセスできないこと

  2. 秘密であることによって商業的価値を有すること

  3. 管理者が秘密を維持するために適切な措置を講じていること

という要素を満たす情報です。これは、日本の不正競争防止法上の営業秘密における「非公知性」「有用性」「秘密管理性」と相当に近い考え方です。

もっとも、NDAの役割は法定の営業秘密だけを守ることではありません。例えば、検討段階の価格条件、顧客候補、未公表の事業計画、会議内容、相手方から受領した資料などは、個別事案によっては営業秘密法の要件を満たすか争いになり得ます。そこで契約上は、秘密情報(Confidential Information)を営業秘密より広く定義し、目的外利用や第三者開示を禁止することが重要です。この点は日本のNDA実務と共通します。

1.2 タイでは「契約違反」と営業秘密侵害の接続が条文上明確

タイ営業秘密法6条は、営業秘密の無断開示・取得・使用が「honest trade practices(誠実な取引慣行)」に反して行われた場合を侵害とし、その例として契約違反や秘密保持義務の侵害等を明示しています。したがって、NDA違反の対象となった情報が営業秘密法上の要件も満たす場合、契約上の請求に加えて、営業秘密法上の救済を検討できる構造になっています。

日本でも、営業秘密に該当する情報については不正競争防止法による差止め・損害賠償等が問題となりますが、単なるNDA違反と不正競争防止法上の営業秘密侵害は同一ではありません。日タイいずれでも、法定要件を満たさない情報を含めて確実に保護するためには、NDA自体の秘密情報の定義、利用目的、開示可能な範囲、返還・廃棄義務を具体化しておくことが基本となります。

1.3 刑事罰と出訴期間の水準も日本と異なる

タイ営業秘密法33条は、営業秘密の管理者の事業に損害を与える意図をもって他人の営業秘密を公然と開示し、これを秘密でない状態に至らせた者について、1年以下の拘禁刑もしくは20万バーツ以下の罰金またはこれらの併科を定めています。また、同法36条は、法人が違反した場合に、その指示、行為または職務上の不作為につき、取締役、支配人その他の管理責任者が同一の刑事責任を負う旨を定めています。日本の不正競争防止法上の営業秘密侵害罪(個人につき10年以下の拘禁刑もしくは2000万円以下の罰金またはこれらの併科。法人に対する両罰規定(法人と個人の両方が処罰対象になる規定)もあります。)と比べると法定刑の水準は大きく異なり、刑事告訴による事実上の圧力を日本と同程度に見込むことは困難です。タイ向けNDAでは、刑事責任よりも、民事上の救済と契約条項の設計に重点を置くことが現実的です。

また、同法10条は、営業秘密侵害を理由とする訴えについて、管理者が侵害の事実および侵害者を知った日から3年、かつ侵害の日から10年という期間制限を定めています。

2. 差止条項は「入れておく」ことに実務上の意味がある

2.1 営業秘密法上は差止制度が存在する

タイ営業秘密法8条は、営業秘密侵害が既に行われ、または侵害が差し迫っている場合、暫定的な差止めと恒久的な差止めを裁判所に求める制度を設けています。

しかし、この法定差止めを利用するには、問題となる情報が営業秘密法上の要件を満たすことなどを主張・立証する必要があります。NDAで秘密情報を広く定義していても、そのすべてが当然に法定の営業秘密となるわけではありません。そのため、NDA上も、違反または違反のおそれがある場合に差止め、特定履行その他適切な救済を求めることができる旨を明記しておくことが有用です。

2.2 日本法との違いは「救済の有無」よりも「契約上の明確化」の重要性

日本でも、不正競争防止法上の営業秘密侵害については差止請求が認められ、契約上の秘密保持義務についても履行請求や仮処分が問題となり得ます。

実務上のポイントは、タイ向けNDAでは、金銭賠償だけでなく、情報の使用停止、第三者への開示停止、資料・データの返還または削除などを求め得ることを契約書の文言上明確にしておくことです。秘密情報は一度漏えいすると金銭だけでは回復が難しいため、救済条項を「損害賠償のみ」に限定しないことが重要です。

3. 違約金条項―高額にすれば安心、とは限らない

3.1 損害の立証困難を補うという機能

NDA違反では、漏えいによってどれだけ売上が減少したのか、技術情報の価値がいくら毀損したのかを具体的に立証することが難しい場合があります。そのため、一定額の違約金をあらかじめ定め、違反抑止と損害立証の負担軽減を図ることがあります。これは日本でも見られる発想です。

3.2 タイでは裁判所による減額リスクがある点に留意

タイ民商法典383条では、契約上の違約金の額が不相当に高い場合、裁判所が相当な額まで減額できることが明文で定められています。日本でも改正民法により賠償予定額について裁判所の増減を否定する文言は削除されていますが、タイでは民商法典383条が裁判所による減額について明文で定めているため、減額が争点として持ち出されやすいという違いがあります。したがって、重要情報を扱うからといって極端に高額な違約金を書けば、その金額がそのまま認められるとは限らない点には留意が必要です。

3.3 営業秘密侵害では懲罰的損害賠償の可能性もある

タイ営業秘密法13条は、一定の場合に実損害や侵害者利益を考慮した損害賠償を認めるほか、故意または悪意により営業秘密性を失わせたことが明確な場合には、追加的な懲罰的損害賠償を命じることができ、その上限を実損害額および侵害者利益額または裁判所が適当と判断した額の2倍としています。日本の民事損害賠償は原則として填補賠償(損害を金銭で埋め合わせる賠償)であり、一般的な懲罰的損害賠償制度を採っていないため、この点は両国の制度上の違いとして押さえておく価値があります。

4. 日タイ間では「準拠法」より先に「執行できるか」を考える

4.1 タイ企業同士ならタイ法・タイの法定管轄が基本

タイ国内企業同士のNDAでは、タイ法を準拠法とすることが通常です。また、裁判管轄については、日本の民事訴訟法と異なり、合意管轄についての明文規定がないため、タイ民事訴訟法上の法定管轄が前提となります。NDAの対象情報が高度に専門的である場合や、紛争内容を公開の法廷で争うことを避けたい場合には、タイ国内企業同士であっても仲裁を選択することがあります。

4.2 日本の裁判判決は、そのままタイで強制執行できない

日タイ間のNDAで最も重要な論点の一つが、外国判決の執行です。タイは、2005年ハーグ裁判管轄合意条約および2019年ハーグ外国判決承認執行条約の締約国ではなく、タイ国内には外国裁判所の判決を一般的に承認・執行するための制度が整備されていません。そのため、日本の裁判所を専属管轄として日本で勝訴判決を得ても、相手方の主要資産がタイにしかない場合、その日本判決をそのままタイで強制執行することはできず、タイで改めて訴訟提起して本案審理(仮ではない、正式な裁判手続き)を受ける必要があります。この際、日本の裁判所での判決は証拠の一つとして扱われるにとどまります。

この点は、日本国内取引の感覚で「日本法準拠・東京地方裁判所専属管轄」とする場合に見落とされやすいポイントです。NDAのレビューでは、準拠法の好みだけでなく、相手方の資産所在地と最終的な執行可能性まで確認する必要があります。

4.3 日タイ間では仲裁が有力な選択肢

日本とタイはいずれも外国仲裁判断の承認および執行に関するニューヨーク条約の締約国です。このため、日タイ間の契約では、JCAA(日本商事仲裁協会)、TAI(Thai Arbitration Institute)、THAC(Thailand Arbitration Center)、SIAC(Singapore International Arbitration Centre)などを利用する仲裁条項が有力な選択肢となります。

日本企業の交渉力が強ければ、日本法準拠・日本を仲裁地とする設計も考えられます。他方、双方の交渉力が同程度であれば、タイまたはシンガポールを仲裁地とすることもあります。仲裁条項では、機関名だけでなく、仲裁地(seat)、手続き言語、仲裁人の人数を明確にしておくことが重要です。NDA単体の紛争規模が小さい場合には、仲裁費用とのバランスも考慮する必要があります。

5. 日本型の反社会的勢力排除条項は、そのまま使用しない

5.1 タイでは日本型の長い反社条項は一般的ではない

日本企業の契約書では、「暴力団、暴力団員、暴力団関係企業、総会屋等」に該当しないことを表明保証し、違反時に無催告解除できる反社会的勢力排除条項が定型的に用いられます。これに対し、タイでは日本の暴力団排除条例等を前提とした同一の定型実務が存在するわけではないため、日本語の反社条項を直訳した長大な条項は、タイのローカル企業から必要性を問われたり、削除を求められたりすることがあります

そのため、タイ向けNDAでは、自社のグローバルコンプライアンス方針上必要な内容を残しつつ、組織的犯罪組織との関係、マネーロンダリング、贈収賄その他の違法行為への関与禁止など、取引実態に即した条項へ整理することも検討に値します。重要なのは、日本のひな形を形式的に維持することではなく、自社が実際に排除したいリスクと解除権を明確にすることです。

6. 署名権限・社判はタイ特有の締結実務を確認する

6.1 署名者の肩書だけで判断しない

タイの会社については、会社を拘束するために必要な取締役の人数・氏名や署名条件が、DBD(商務省事業開発局)に登記されています。たとえば「取締役2名の共同署名+会社印」のような条件が登録されている場合、1名だけの署名では会社を有効に拘束できないリスクがあります。

日本企業では代表取締役の肩書や社内権限規程を中心に確認することが多いのに対し、タイでは契約締結前にDBDの最新情報を確認し、署名者、共同署名の要否、会社印の要否を照合することが特に重要です。NDAは本契約前に急いで締結されることが多いため、この確認が省略されがちな点には注意が必要です。

具体的な確認方法としては、締結日に近い日付で発行された会社登記証明書(Company Affidavit)を相手方から取得するか、DBDのオンラインサービス(DBD e-Service)で登記情報を確認します。同証明書には、署名権を有する取締役の氏名および「取締役2名の共同署名および会社印の押印」といった署名条件が記載されているため、これと実際の署名欄とを照合します。

6.2 電子署名は利用可能。ただし書面による締結が一般的

タイには電子取引法(Electronic Transactions Act B.E. 2544(2001年))があり、電子署名も法的に認められています。もっとも、その有効性や証拠力については実務上なお不透明な面があり、書面による締結が一般的です。金額規模が大きい契約や、無効となった場合の影響が大きい契約(株式譲渡契約、保証契約等)は、書面での締結が推奨されます。他方、グループ間取引や金額規模の小さいNDAでは電子署名を用いることも可能です。電子契約が広く普及している日本の実務と比べると、タイでは依然として書面志向が強い点に注意が必要です。

6.3 契約言語は英語でもよいが、紛争時の翻訳コストを意識する

日タイ間では英語のNDAが広く利用されています。もっとも、タイの裁判所で争う場合には、英語または日本語の資料についてタイ語訳の提出が必要となります。日英併記や英タイ併記とする場合には、解釈が食い違ったときにどの言語を優先するかも定めておくと安全です。

7. 秘密情報に個人データが含まれる場合はPDPAへの対応も必要

タイでは、個人情報保護法(Personal Data Protection Act B.E. 2562(2019年)。以下「PDPA」といいます。)が2022年6月1日に全面施行されています。NDAに基づき開示される情報に、従業員名簿、顧客リスト、デューデリジェンス資料に含まれる個人情報などが含まれる場合には、NDAを締結するだけでは足りず、PDPA上の対応が別途必要となります。

主な検討事項は、

  1. 当該個人データの取扱いについて同意その他の法的根拠(PDPA24条。機微な個人データについては26条)を確保すること

  2. 日本の親会社等へ国外移転する場合の要件(同法28条・29条)を満たすこと

  3. 受領者が委託を受けて取り扱う立場(データ処理者)となる場合に、所定の事項を定めたデータ処理契約(同法40条)を締結すること

の3点です。国外移転については、個人データ保護委員会(PDPC)の告示が2023年に公表され、2024年3月24日から施行されており、適切な保護措置としてASEANモデル条項をベースとした標準契約条項の利用が想定されています。

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タイ企業とのNDAは英文または多言語で作成されることが多く、日本の契約審査担当者が単独で論点を抽出するには時間がかかります。「LegalOn」は多数の和文契約類型のリスクを数秒で抽出するだけでなく、多言語契約書を翻訳し原文と対照しながら英文契約書レビューを進められるようにすることも可能です。さらに、「プレイブック」に自社の審査基準を登録すれば、タイほか特定の国・地域向けのNDAの判断基準に基づくAI契約書レビューも可能です。

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9. おわりに

タイのNDAは、秘密情報の定義や目的外利用禁止といった基本構造では日本のNDAと大きく異なりません。一方で、実効性を左右するのは、営業秘密法上の差止制度との関係、違約金の減額可能性、外国判決の執行、仲裁の選択、署名権限・社判など、契約違反が起きた後または契約を締結する局面の「周辺ルール」です。

特に日タイ間では、日本のひな形をそのまま用いて「日本法準拠・日本の裁判所」としておけば十分とは限りません。相手方の資産がタイにある場合には、最終的な強制執行まで見据えて仲裁を検討することが重要です。また、営業秘密法の保護対象から外れる情報も契約上守れるよう、差止め、返還・削除、違約金等の条項を組み合わせて設計することを検討する必要があります。

NDAは比較的短い契約であるため定型書式で処理されがちですが、クロスボーダー取引では、数行の紛争解決条項や署名欄の違いが、実際の権利行使の可否を左右します。タイ企業との取引では、日本法との違いを踏まえて、開示する情報の重要性と取引規模に応じたレビューを行うことが望まれます。

(本記事は一般的な情報提供を目的としたものであり、個別の法的助言に代わるものではありません。具体的な対応にあたっては、タイ法弁護士・専門家にご確認ください。)

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